2025-08-06

【ドラマ感想文】愛と書いてめんどくさいと読む【ひとりでしにたい】

※ネタバレを含むと思います。

 

土曜ドラマ「ひとりでしにたい」 笑って読める終活ギャグマンガ、
カレー沢薫の『ひとりでしにたい』を、綾瀬はるかを主演に迎え
大河ドラマ「青天を衝け」連続テレビ小説「あさが来た」の大森美香による脚本でドラマ化します。

────【NHK公式】より引用

 

https://plus.nhk.jp/watch/st/g1_2025080233234
最終話の配信はNHKプラスで2025/8/9(土) 午後10:44 まで▲

 

ひとりでしにたくも、しにたくなくもない

フジコは現在34歳。
結婚の予定はなし。
昨年までパートナーがおり、1年ほど前から独居である。
“また人と暮らす”ということについてはあまりイメージが湧いていない。

とはいえ「一生独身で過ごすんだ!」とか「これからずっと一人暮らしで生涯を終えるんだ!」とかいうポリシーは特にない。
どっちでもいい、と言うと無責任でぶっきらぼうな感じはする。
ただただ「決めてない」って感じに近いかもしれない。

そんな私が【ひとりでしにたい】というセンセーショナルなタイトルのドラマを見ることになったのは、「終活」というのには興味があるからだ。
なんとなくどこかでもっと年齢を重ねてからの話ってイメージはあったし、一般的に考えて私よりも終活という言葉が敏感になるであろう親世代向けな気がどことなくしていた。
とはいえ親に「終活しときなはれや!」なんて無神経な声かけをしようもんならアンタそんな縁起悪い話せんといてとまず防御壁を作られるというのも知っている。

私だって明日死ぬかもしれない。
そんなもんはどんな人だって当てはまることだ。
事故とか天災とかさ。
そうなったときに私は周りの人を大層困らせるんだろうな、って思う。

私が何個口座を持ってるか、
課金してるサブスクがどれか、
あらゆるSNSや会員登録しているサイトのパスワードは、
保険証やマイナンバーカードをどこに保管しているのか、
契約してる保険屋の担当者の連絡先を知ってる人は誰もいない、
そもそもウチの鍵を持ってる人はいない、
とかね。

書いてて怖くなってきたぜ!笑

そんなことを思いながらも思ってるだけでボヤボヤ生きてるこの34歳の夏に出会ったのがドラマ【ひとりでしにたい】だったってわけです。

主人公は40歳前の独居女性。仕事あり、猫あり、推しあり。
親健在、パートナーなし、終活について意識したことなし。
ほう~これは何か見といた方がいいかもわからんな、という出会い方でした。

 

終活ハウツードラマではなかった

いきなりのドデカネタバレになっててすみません。
全6話を鑑了した感想としてはひとりで死ぬことになるかもしれないと人生で初めて意識した女性が、周囲の人たちとのつながり方について見直すことになった人間ドラマだと思いました。

幼い頃から憧れていた綺麗でバリキャリの伯母さんが孤独死した、ってところから話は始まります。
独居だった伯母さんは遺体が見つかったとき風呂場でドロドロになってもうてた。
あんなに綺麗で1人で立派に暮らしていた、と思っていた伯母さんのあまりに空しい最期の逝き方に衝撃を受けた主人公の鳴海。
焦ってブレてわからなくなって「私も結婚しなくっちゃ!!!」と婚活を始めてみるも「なんかちゃう」の連続。
いやそうだ…私「結婚がしたい」んじゃないんだ。「伯母さんみたいな死に方したくないんだ」と。つまりは私は「ひとりで生きて、ひとりで死にたいんだ!!」ってなるのが1話のラストでした。

今日の記事では、ひとりでしにたくもしにたくなくもない私がドラマ【ひとりでしにたい】を見て心がグゥーッ!!となったシーンやセリフを紹介します。
一緒にグゥーッ!!ってなろう・・・付き合っておくれやす。

 

愛と書いてめんどくさいと読む

私が特に刺さりすぎたのは第5話【ビビるな!闘え!崇めよ、ガンジー】。
1~4話であらゆるシーンにおいて「自分のことばっかりだな私は」という気づきが散見されます。
主人公の鳴海はそれまで「自由に」「のびのびと」生きてきつもりだった。
それを良いとも悪いともジャッジせず、ひとりで生きてきたのだ。

ひとりで死にたくない!って思って婚活を始めたときも「ひとりで死にたくないから」という理由だ。

親の介護をしないといけないかもしれない時も「結婚してる弟よりも独り身の自分がすべてを請け負うかもしれない」て判断基準で色々行動する。

終活について相談役となった同僚の那須田くんにむけて「お礼に推しグッズをあげるね!」ってのも『自分が尊ぶ推しグッズ』=「先方にとっても価値あるもの」⋀「大事なものをあげるという行動で私の覚悟を表す」というベースで与える。

保険屋の元彼に契約保険の相談で会うときも「アラフォーになった元カノが突然連絡してきたら舐めやがるだろうな」「話を聞かずとにかく解約解約ゥ~!」と先走る。

那須田くんと気まずくなってしまった時も「このまま人間関係がこじれてはややこしいし、自分がスッキリできそうにないので那須田氏とはフェードアウトするのがベストだな」ってなる。

こんな感じ。
これは………これは、、、、、
そう…恥ずかしながら…私もやりそう!って思いながらずっと見てました。

鳴海も5話で発言するのですが、こういった行動や考え方そのものが「なんて私は自己中なんだ!」ってなるんです。
そして「いや自分のためなんだからこれでいいじゃん」と「ほんとにそれでいのか私?」という感情で揺れ動き揺れに揺れユラユラと懇々と考えに考え考えまくり悩み、とはいえ6話で終わるので割と明るめに淡々と解決すべくこれまで起こしてこなかったような行動に出てみる。
そんなドラマでした。

急に自分語りになって恐縮ですが、最近人に怒られることが同時多発していました。
34歳にもなって人に怒られる‥?そんなことある?とかもよく言われます。
いや恥ずかしい限りですが。
別に恫喝されるとかモラハラを受けるとかそういう感じではないですよ。
諭されるとか、私のいけないところを指摘してもらう、みたいな感じ。
複数の界隈からのメッセージには共通点があるように感じられました。
それがまさに【ひとりでしにたい】の主人公鳴海の「わたしって自己中だよね」というところと重なりまくってですね…。
「わたしって~~~~~!!自己中だわ~~~~!!!!!」という恥ずかしさ/申し訳なさ/アカンがなの盛り合わせで、こんなエエ歳でティーンエイジャーよろしく自己嫌悪になっちゃったりして。

周りから受ける愛ある指摘たち、鳴海よりボンヤリ生きてきてしまった私にとって最初は「なんのことだ…?」ってピンとこなかった時があった。
なんなら別に最近の話じゃない。
これまで生きてきた34年で、それは「怒り」だったり「なにげない雑談」だったり「大事な話の中」だったり色んな形をして私に届くべくして現れていたのに向き合ってこなかった。
ピンと来なさ過ぎて考えることも改めることもなく、その結果めちゃくちゃ怒らせてしまった人がいたのです。
それからようやく考えると「あの時のアレもこれやん」「あの時のあの人の発言もこれやん」とパーツが嵌ってゆき、「一人で死にたいどころか今すぐ死にてぇ!」ぐらい恥ずかしくなったわけです。
その時期と【ひとりでしにたい】がまさに同じタイミングでした。

ドラマの鳴海の行動や考え方を客観的にみて「イヤホンマ自己中ヤナ」ってなってただけの私が、6話の完結までに「えええこれワシのことやん‥」と徐々に感じるようになったわけです。

第5話で元彼の健太郎相手に
・昔付き合ってた時は無口でおもんない人だなと思ってた
・お互い忙しいからで別れた
・再会時に「俺は二人の時間を作ろうとしてたよ」「会ってても推し活がどう、仕事がどう、って二人の関係に向き合おうともしなかったよね」と言われる
・今回も「別れた元恋人が久しぶりに連絡してきた」=「今でも好きなんじゃないかと思われたら癪」=「説明聴かずにとにかく保険解約しますというスタンス」
・「ほんとに解約するだけでいいのか?」との台詞から説明聴いてみようとなる
・今解約したら勿体ないの説明に加え「飼い猫の保険についても紹介される」→「なんで猫飼ってるってわかったの?言ってないよね?」→「実家出たら猫飼うって言ってただろ。住所変わってたからもしかしたらそうかなーと思って」(健太郎しごでき営業すぎる)
などというやりとりから、
この人のことただの口下手だと思ってたけど、私のとっても小さな要素もよく見てよく覚えてくれてたんだ、私は自分自分だけだった、知らず知らずのうちに彼の尊厳を傷つけまくっていたんだ、と気づくわけです。

…書いててゲー吐きそうです!!!
何故ならこれまで~今に至るまで友人や恋人や家族や大事な人たちに向けての私やないかッ!!!!!!!!!!となったから!!!!!!!!💣
申し訳ない!!!!!いやこの期に及んでの「ゴメンネ」はただただ「許されたいから」で出るセリフになっちまう!!!!!!

愛と書いてめんどくさいと読む。っていうのは第6話のタイトルです。

ひとりで死にたかろうが死にたくなかろうが、めんどくさかろうがめんどくさくなかろうが、愛を持って生きていかねば───ひとりで死ぬことになってまうぞフジコ。ひとりで死ぬことを選べない、ただただそうするしかなかったという結末として「ひとりで死ぬことになってしまう」気がしました。

 

気を遣うということ

言い訳を出せばそれこそ死ぬほど出てくる。
なんでここまでこのスタンスで来てしまったのか。
幼い頃の親子関係?愛着障害?ヒステリックに対する自己防衛?
やあ、それはあるとしてもだな。
前に書いた記事にもあるように、これはフジコの「過去編で存在するもの」ではある。

https://note.com/fujiko_u3/n/ncd44af015ca9

傍若無人にふるまうだけが「素直」ではないとわかっちゃった今、これを言い訳にして自己中に生きているのはあまりにも稚拙だと…。

心底響きました。

気を遣うってのは、しんどい。
でも本当の「気遣い」てのは究極しんどくないんじゃなかなって最近思います。
相手と自分の心地よい関係性のためであるならば、何かを犠牲にすることが「気遣い」じゃないような気がします。

やれやれ。

良いドラマに素晴らしく刺さるタイミングで出会えました。

めちゃくちゃ恥ずかしい曝け出し記事を読んでくださってありがとうございました。

ドラマ【ひとりでしにたい】は、NHKオンデマンドで有料ですが視聴できるみたいです▼

https://www.nhk-ondemand.jp/program/P202500460300000/index.html?capid=nol004603_001

テーマソングの椎名林檎さまの【芒に月】(すすきにつき)が素敵なので紹介▼

 

原作の漫画、読んでみようかなぁ。


 

 

関連記事